松本駅から田川~牛伏川沿いを南下。国指定重要文化財・牛伏川フランス式階段工(大正時代の石積みの水路)に寄り道してから激坂を上り高ボッチ高原へ。360°のパノラマビューを堪能してから諏訪湖側へ下りて諏訪大社の下社春宮~秋宮~上社本宮~上社前宮と巡る。
距離:60.6 km
獲得標高: 1,580 m
松本~牛伏川フランス式階段工
松本駅からスタート
本庄橋で薄川を渡り
田川の堤上の道を進む。
田川から牛伏川沿いの道に入る。
徐々に勾配が上がり5~6%くらいの上りになります。
「アルプス展望しののめのみち」に突き当たったら右折。
牛伏川を渡ってすぐを左折して牛伏寺方面へ
ここから牛伏川フランス式階段工まで約3km、平均勾配7~8%くらいとちょっと上りがキツくなる。
牛伏寺への参道入り口を通り過ぎる。
ヘアピンカーブの奥に歩いていくと
牛伏寺砂防ダムの堰堤を下から見ることができます。
牛伏川の川沿いに散策路が整備されています。
水路は全てコンクリートを使わない空石積みです。
田川の堤上の道を進む。
田川から牛伏川沿いの道に入る。
徐々に勾配が上がり5~6%くらいの上りになります。
「アルプス展望しののめのみち」に突き当たったら右折。
牛伏川を渡ってすぐを左折して牛伏寺方面へ
ここから牛伏川フランス式階段工まで約3km、平均勾配7~8%くらいとちょっと上りがキツくなる。
牛伏寺への参道入り口を通り過ぎる。
ヘアピンカーブの奥に歩いていくと
牛伏寺砂防ダムの堰堤を下から見ることができます。
牛伏川フランス式階段工へ
振り向くと牛伏寺砂防ダムの先に松本市街と北アルプスが見えます。牛伏川の川沿いに散策路が整備されています。
水路は全てコンクリートを使わない空石積みです。
牛伏川フランス式階段工~高ボッチ高原
牛伏川本流水路は内務省技師内田園男が、フランスのサニエル渓谷の階段工を見本に設計指導した施設で、1918(大正7)年に完成、水路の石積みを階段状に配することで流れを緩める工法です。
延長約141mの間に19段の階段状の流路があり、牛伏川砂防施設の中でも特徴のある構造物です周囲の自然と調和のとれた美しい景観を作り出しています
紅葉の見頃は11月上旬
高ボッチ高原に向かうため、来た道を途中まで下りUターン状に左折して松本カントリークラブ方向へ上って行きます
松本カントリークラブ付近の池
崖の湯温泉手前で高ボッチスカイラインに入ります。
山深くなります。
「大沢の堤」という溜池。「大沢の堤」の先からは激坂ゾーン。高ボッチ高原ピークまで約6km、平均勾配10%!!
正直しんどい。
「これより高ボッチ高原」の道標
尾根道に突き当たります。
左へ行くと鉢伏山、高ボッチ高原へは右に進む。
尾根道に出て勾配は一桁に下がりますがまだもう少し上ります。
道路の一番上った場所の右側に駐車場があります。
アルプス連峰パノラマ展望台からは
穂高連峰・槍ヶ岳から
白馬三山などの北アルプスの山々を一望できます。
春~夏には牛が放牧されています。
高ボッチ高原~諏訪大社~茅野
自然保護センターとトイレの間を通り電波塔の方へ下っていく。
電波塔前を通りすぎると右側に牧場が広がります。牧場の向こうに松本市街と北アルプス。
車道に出た先に展望台が有り、諏訪湖・富士山方面も見渡せます。
車道を戻り丘の上に続く遊歩道へ。
高ボッチ山頂(標高1664.9m)
諏訪湖を見下ろす高ボッチ高原は映画「君の名は。」の舞台(モデル)の一つと言われています。諏訪湖越しに富士山と南アルプスの山々を見渡せる絶景に雲海や夜景・日の出を撮りに多くのカメラマンが集います。
高ボッチ高原はレンゲツツジの名所。6月に訪れれば山全体がレンゲツツジの花で覆われます。
駐車場に戻って道を少し進むと
左側に入った場所に高ボッチ高原見晴らしの丘があります。
6月にはレンゲツツジが咲くビュースポットです。
そのもう少し先に駐車場が有り、毎年恒例で草競馬が開かれる競馬場があります。
塩尻方面へ下っていく。
松本側よりも勾配が緩いので高ボッチ高原へのアプローチは塩尻側からの方が上りやすいとも言える。旧中山道に合流します。
ここから旧塩尻峠までの800mほどは勾配8%くらいの上り坂
道はかなり細い。旧塩尻峠
明治天皇が巡幸の際に旧塩尻峠で野点をしたらしい。
そんな訳で御野立公園と名付けられた公園には展望台があり、諏訪湖を一望できます
諏訪湖側に下りる旧中山道はかなり急なので国道20号に出たほうが無難。
諏訪大社下社春宮方面へ進む。
諏訪大社下社春宮の手前、砥川沿いに左に入ると岡本太郎が絶賛したことで有名な「万治の石仏」があります。高さ約2.7m、奥行き約4mの自然石の胴体の上に、高さ約60cmの別の石から彫られた頭部が載るユニークな石仏。素朴な味わいがあります。
砥川を渡った先にあるのが諏訪大社下社春宮
諏訪大社は諏訪湖を挟んで、二社四宮の境内が鎮座する。手前に神楽殿
その奥に二重楼門造りの幣拝殿と左片拝殿及び右片拝殿が横に並びます
社殿の周囲四隅には、御柱(おんばしら)と呼ぶ4本のモミの柱が建てられている。御柱は寅と申の年に建て替えられ、その際の神事が有名な御柱祭。直近は2022年。次回は2028年になります。
御柱は一から四の順に短く細くなり、上空から見た場合に時計回りに配置される。
現在の春宮の社殿は地元の宮大工柴宮(伊藤)長左衛門が請負い、安永九年(1780)に竣工したもの。
諏訪大社下社はなぜ春宮と秋宮があるかというと半年に一度、神様が片方からもう片方へ移動することになっているからなのです。これは全国でも珍しい神事で、8月1日に春宮から秋宮へ、2月1日には秋宮から春宮へ遷されます。春宮参道にある下馬橋は下社で最も古い建造物とされ、年二回、遷座祭、お舟祭の折、御霊代を運ぶ神輿はここを通ります。
旧中山道で諏訪大社下社秋宮方面へ。道沿いの江戸時代の旧商家・伏見屋邸は無料休憩所として利用できます。
道沿いには旅館や温泉公衆浴場旦過の湯などが並ぶ。
幕末に徳川家に嫁いだ皇女和宮が泊まった本陣が公開されています。
春宮からも東へほぼ1kmの場所に建つ秋宮
神楽殿の両脇の狛犬は青銅製としては日本最大
春宮と同じ構成の幣拝殿と片拝殿、御柱が並ぶ。現在の建物は安永十年(1781)春に立川和四郎初代
富棟の棟梁で落成しました。
諏訪湖畔の道に出ます。
諏訪湖外周を時計周りに進む。
上諏訪駅近くの諏訪湖畔公園道を挟んだ上諏訪駅側に1929年建設の洋風建築の日帰り温泉「片倉館」。映画「テルマエロマエ」のロケにも使われた100人入浴可能な大理石の大浴場は、ステンドグラスや彫刻で飾られている。国指定重要文化財。ここで風呂入って上諏訪駅から帰るのも良し。
湖畔を少し進んで左に入ったところに高島城があります。
高島城前から諏訪辰野線を進み
岡谷茅野線で上社本宮へ中央自動車道の高架をくぐったら、次の信号を右斜め前に進む。
大鳥居の前に出ます。鳥居の左奥に一乃御柱が見えます。鳥居をくぐれば弊拝殿に続く階段があるのですがおすすめの参拝コースは一旦ここを通り過ぎて東参道入口まで回り込む!です。
東参道の鳥居の先には
二之御柱と入口御門
入口御門から桁行37間の長細い切妻の建物・布橋を通って幣拝殿まで歩きましょう。
すぐ右手に見えてくる勅使殿と五間廊
その先右手の神楽殿布橋を抜け、北参道からの階段と合流した先にある幣拝殿と片拝殿。立川和四郎二代目富昌が上社棟梁と共に事に当り、天保二年から九年(1838)迄八年の歳月を要し現在の社殿が落成した。
神体山である守屋山に向かって祈願するための建物・勅願殿
岡谷茅野線に戻り茅野方面に進む。
諏訪大社から900mほど先を右に入ったところに神長官守屋資料館があります。守矢家は洩矢神(諏訪の土着神)の子孫とされ、江戸時代まで諏訪大社上社の神長官を務めた家。
守矢家の敷地内には神長官家が一子相伝の祈祷を行う祈祷殿や
ミシャグジとも称される諏訪の原始信仰みさく神(御左口神、御射宮司、御社宮司)の社がある。
資料館では守矢家の文書が保管・公開されています。
また4月15日に上社で行われる祭「酉の祭り」の現在の様子と
明治以前の様子の再現展示があります。
諏訪大社の祭祀は御柱をはじめ独特なものが多く、狩猟民の習俗をうかがわせます。
また周囲には史料館を設計した藤森照信によるユニークな建築物が点在しています。
さらに岡谷茅野線を進み「前宮前」交差点を右折して少し上ると上社前宮があります。
諏訪大社の御祭神が最初に居を構えたと伝えられています。
境内を流れる水眼(すいが)川
少し山間に上った場所にあります
茅野駅へ
諏訪大社から900mほど先を右に入ったところに神長官守屋資料館があります。守矢家は洩矢神(諏訪の土着神)の子孫とされ、江戸時代まで諏訪大社上社の神長官を務めた家。
守矢家の敷地内には神長官家が一子相伝の祈祷を行う祈祷殿や
ミシャグジとも称される諏訪の原始信仰みさく神(御左口神、御射宮司、御社宮司)の社がある。
資料館では守矢家の文書が保管・公開されています。
また4月15日に上社で行われる祭「酉の祭り」の現在の様子と
明治以前の様子の再現展示があります。
諏訪大社の祭祀は御柱をはじめ独特なものが多く、狩猟民の習俗をうかがわせます。
また周囲には史料館を設計した藤森照信によるユニークな建築物が点在しています。
さらに岡谷茅野線を進み「前宮前」交差点を右折して少し上ると上社前宮があります。
諏訪大社の御祭神が最初に居を構えたと伝えられています。
境内を流れる水眼(すいが)川
少し山間に上った場所にあります
茅野駅へ
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