篠ノ井線廃線敷遊歩道~姨捨の棚田~森将軍塚古墳

明科駅から旧国鉄篠ノ井線廃線敷遊歩道と善光寺街道で姥捨の棚田へ。稲荷山から千曲川を渡り森将軍塚古墳を見学して千曲川自転車道で川中島の戦いの史跡に寄って長野まで走るサイクリングコース

コース概要
明科駅から旧国鉄篠ノ井線廃線敷遊歩道と善光寺街道で姥捨の棚田へ。稲荷山から千曲川を渡り森将軍塚古墳を見学して千曲川自転車道で川中島の戦いの史跡に寄って長野まで
距離:63.1km
獲得標高:1,007m

明科~篠ノ井線廃線敷遊歩道

篠ノ井線明科駅からスタート
駅前の信号を渡りまっすぐ犀川へ伸びる道を進むと
龍門渕公園に突き当たります
犀川の水を引き入れた親水公園でカヌーの練習場とか
あやめ園などがあります
SLも展示されていました
雲がなければ北アルプスも見えるはず
安曇野と言えば道祖神!チュ~してる「接吻道祖神」がありました
駅前の国道19号に戻り北に進み
会田川を渡って川沿いを右に入る
160m程先を左に曲がると
潮神明宮の前に出ます
その先から未舗装の
旧国鉄篠ノ井線廃線敷遊歩道になります
電車の架線の為の柱が電線を取り除かれた姿で残されています
市街地より少し高い位置にあるので北アルプスの見通しも良い
潮神明宮から300mほどで「三五山トンネル」
明治30年代に作られた総煉瓦造りのトンネル。トンネル入口に建てた煉瓦工場で焼成されたレンガが使われているそうです。全長125m
入口もグレーだったし補強のためにモルタルが吹き付けられてるのかな?
側面にアーチ状の窪み。退避場でしょうか
上部は安全対策のネットで覆われています
モルタル?煤煙による汚れ?苔?
鉄道遺構らしきものがポツポツと目に入ります
路面は大きめの砕石が多く自転車は走りにくい。ハイカー優先なので所により降りて押し歩きします。
三五トンネルから1.1kmの東平
もう動くことのない踏切の遮断機が残されています
「けやきの森自然公園」一帯は長野県内有数の地すべり多発地帯だったため、鉄道防備林に指定され当初ニセアカシヤ、アカマツ、戦後に3万本のケヤキが植栽されました
防備林とともに、地滑り対策として斜面の表面水を排出する水路や、地下水位を下げるための井戸などが整備されました
紅葉の時期のケヤキ林もいいでしょうね
もう一つ踏切を過ぎると
漆久保トンネル前に出ます
トンネル手前の脇道を右側に下ると「小沢川橋梁」を見に行けます
以下説明看板より
"(スパン四メートル・延長五十九メートル)
アーチ軸と線路とが直交していない七十五度の斜めアーチで、上部の橋壁(スパンドレル)
の仕上げ方に最大の特徴がある。煉瓦の積み方はイギリス積みで、長手面が現れる段はスパンドレル面に沿って積まれているのに対して、小口面が現れる段はアーチ軸方向に積んであ るため、小口が斜めに現れ鋸歯状となっており一段おきに鋸歯状の帯模様が現れている。このような仕上げ方のアーチ橋は全国を探してもきわめて稀なものである。"
またトンネル手前を左側に上ると昔の善光寺街道になっており
2体の石像が並んでいます
木曽御嶽山の表参道を開いた普寛像と裏参道を開いた覚明像。旅人の安全を願って祀られたものと考えられる
付近には石塔、石碑が多い
漆久保トンネルは全長53m。五三山トンネルより保存状態がよく当時の面影をそのまま残しています
トンネル内に残っている黒い煤は蒸気機関車が走っていた痕跡
その先に現れる特徴的な擁壁は「潮沢信号場跡」
石積み壁をコンクリートで覆っているようです
行き違い退避のためのスイッチバック式信号場
ちょっと古代遺跡っぽくもある
広い駐車場に出ると篠ノ井線廃線敷遊歩道は終了
駐車場の奥にある「旧第2白坂トンネル」
扉が閉まっていて中には入れません

善光寺街道

国道403号に出て進む
1kmほど約6%勾配の坂を上ると新矢越トンネル
1kmほどの長さがありますが明るく道路幅もあり自動車の交通量も少ないので怖くありません
もう一つ短いトンネルを通過
下っていって長野自動車道の下をくぐる
上田方面に右折
善光寺街道に入ります。善光寺街道は京阪や江戸から善光寺参拝に向かう道で、中山道洗馬宿から松本城下を経て善光寺平の南端に至り、北国街道に合流する(北国西脇往還)
会田宿と青柳宿の間の宿だった西条地区は街道の宿場町の風情が残っています
Y字路を細い右側の道に進み
篠ノ井線の踏切を渡る
立派な卯建のある建物。酒蔵のようです
1900年(明治33)に建築された旧坂北村役場の建物。現在は筑北村考古資料館
道の脇に何故か1体だけの狛犬。相方はどこに?
青柳地区に入ると
坂道の石垣の上に家が並ぶ。石垣の下をくぐり抜ける石垣水路が整備されていました
青柳宿は江戸時代、善光寺街道の宿場として栄えた
大きな黒門は本陣、問屋跡の青柳家。奥の山に青山城址がある
街道は左に大きく曲がり
さらにもう一度大きく曲がって
蛇行しながら進むと
大きな切通しに出ます
1580年から1809年にかけて3回に渡って切り拓かれた「大切通し」
岩の上に多数の石仏が見えます
岩にはノミの跡が荒々しく残されています。大変だったろうなあ。
現在の大きさは長さ27m、幅3.3m、高さ6m
さらにその先に
「小切通し」があります
こちらは長さ6.4m、幅2.7m、高さ2.4m
石仏は開削によって出た石材を再利用したもの

長野自動車道をくぐって下っていく
街道脇に馬頭観音
 麻績を渡り
篠ノ井線の踏切を越え
国道403号に入る
左手に「一口坂」の入口。「麻績合戦に向かう木曽義仲の軍馬が、この坂を登り、笹を一口食べて元気を取り戻したので、ここを一口坂というようになった。」との説明書き。突然、木曽義仲が出てきた
さらに木曽義仲の軍馬の蹄跡が残っているという「駒が石」なんてものもあります
木曽義仲は木曽から松本平へ出て善光寺街道を通って善光寺平へ進軍したので沿道に縁の地が点在しているのです
県道12号に合流して
麻績宿(おみじゅく)へ
ここも宿場町らしい町並みが残っています
麻績宿本陣跡
善光寺街道は聖高原方面に上っていきますが直進して上田・青木方面へ進む
筑北村に入り長野自動車道と交差
篠ノ井線に沿うように進む
県道494号(聖高原杉崎線)
篠ノ井線冠着駅を過ぎて
右に入ると古峠への上りの始まりです
2.5km平均勾配9%くらいあるのでそれなりに上り応えがあります
山の中に貯水池などがあります
古代の街道・東山道が通っていた古峠
長野自動車道と篠ノ井線の先に善光寺平を見渡せます
林道冠着山線で姥捨方面へ下ります
途中に害獣侵入防止の扉有り
更級第二配水池
道端の双体道祖神
県道338号(内川姨捨停車場線)に入り上る
棚田が見えてきます
踏切を渡り
すぐの場所が篠ノ井線のスイッチバックポイント
行って帰ってする線路のポイントが確認できます
姨捨駅へ
「うばすて」じゃなくて「おばすて」です
姨捨駅からの風景は「日本三大車窓」の一つとして知られています

姨捨の棚田~森将軍塚古墳~長野

踏切を渡り返して姨捨棚田へ
国の名勝「姨捨(田毎の月)」として登録されています
一つ一つの田んぼは小さめで地形に合わせた形状をしながら有機的な全体像を形作っています

姨捨山の一帯は平安時代頃から観月の名所として名高く、棚田の一枚一枚の水田に映る月かげを「田毎の月」と16世紀には詠まれるようになりました
棚田から下って行って
歩道橋で跨いで国道18号に出る
「斉の森」信号を左折
県道77号(長野上田線)を進む
道の真ん中に建つ鳥居の向こうに
武水別神社が鎮座しています。旧称は「八幡宮」で神社の建つ地名も八幡
境内に「うづらもち」という名物を出す茶屋があります
まあ特別変わったものでも有りませんが美味しかったです
またこの地は武田と上杉が激突し、12年に渡る「川中島の戦い」の初戦の場所であるとの碑が設置されています
けっこう広い立派な神社です
聖高原を越えてきた善光寺街道に合流して稲荷山宿へ入ります

稲荷山地区のたまち蔵道
蔵が建ち並んでいます
善光寺街道がクランク状に曲がる
稲荷山は飯山へ至る谷街道の起点にもなっていました
稲荷山は江戸時代善光寺街道最大の宿場街だったとのこと
粟佐橋で千曲川を渡り
千曲市に入ります
しなの鉄道の踏切を渡り「あんず街道」を進む
北陸新幹線の下をくぐる
右手の丘の上になにか見えてきます
「森将軍塚古墳」の看板を右に入る
科野の里歴史公園の中、先ほど見えた山の中腹に長野県最大規模の前方後円墳「森将軍塚古墳」があります。4世紀末に造られ、信濃国の前身・科野の首長の墳墓と目される
調査を基に復元されたものだそうですが、このような高い位置から市街地を見下ろす古墳を私は初めて見たので新鮮な感動がありました
石に覆われた姿は沖縄のグスクのようにも見えます
全長約100メートル。曲がった尾根上に築造されたことによって左右対称ではなく、後円部が楕円形に近い。
形象埴輪が並べられています
後円部が前方部より一段高い
後円部中央の石室は東日本最大級の大きさ
市街地をはじめ善光寺平を見渡せます
森将軍塚古墳くびれ部北西側に築かれた直径6m前後の円墳。周辺からは、13基の円墳を始め、小形埋葬施設が100基近く検出されています
同公園内で発掘された5世紀前半のムラも復元されています
竪穴式住居
高床式の建物は珍しい
科野の里歴史公園から北へ進み
国道403号を経由して
国道18号に入り
千曲川を渡る
堤に下りて
国道18号をくぐり
堤上の千曲川自転車道に入って進む

松代大橋の手前で堤を下りて
「典厩寺」信号を右折
突き当りが
OYAKI FARM BY IROHADO
なにやらお洒落な建物ですが
鬼無里のお焼き屋さん「いろは堂」の工場併設店舗。いつものお焼きが食べられます!
同敷地内に「山本勘助鎮魂碑」が建っています
700mほど北へ進むと川中島古戦場史跡公園
武田信玄と上杉謙信が一騎打ちをしたと伝わる場所。まあファンタジーとしてとらえれば良いんじゃないでしょうか。

あとはまあ適当に走って長野駅へ

サイクル・スポーツ用品