コース概要
中津川宿から馬込宿・妻籠宿・福島宿などを通り鳥居峠の手前の藪原宿まで中山道の宿場町を巡る
距離:78.9km
獲得標高:1,824m
中津川宿~馬込宿~妻籠宿
中津川駅からスタート
駅から250mほどの位置に中山道が通ってますが、いったん500mほど西へ進み中津川宿の端へ
中津川遊歩道公園の東山道の碑
中津川遊歩道公園(ミニ中山道)を通って
中山道へ
江戸中期から営業しているはざま酒造の前からクランク上に曲がる中山道
旧街道らしい桝形を形成しています
中津川村庄屋跡四ツ目川を渡る
北東に進んでいくと
崖下に出てここが中津川宿の東側の端。高札場の跡があります。
崖上に進む
木曽川筋には各所に「川番所」が、中山道には「白木改番所」が設けられ、抜け荷の監視と量目の点検など厳しい取締りが行われていた。
木曽川に流れ込む数々の支流を横切って中山道は進むのでそのたびにアップダウンを繰り返す
かなりの急坂の与坂を上りきると
昔から「越前屋」という茶屋が有った場所で古民家カフェが営業しています
基本は上り基調なんですがここから一旦下り。なんかもっと楽なルートが有ったんじゃないの?と思ってしまいますが地形図を眺めるとしかたないみたい
国道19号をくぐったり
跨いだりして進み
次の宿場・落合宿へ
街道に出たところにある善昌寺
門前の松は善昌寺の山門を覆っていたことから「門冠の松」と呼ばれ、凡そ樹齢450年と伝わる落合宿本陣跡が残っています
落合川へ下る
落合川に架かる橋を付け替えたり、ルートを戻したり変更したり変遷が有ったと記されています
落合橋を渡る
その先が十曲峠
十曲峠を上った先のい医王寺(山中薬師)
落合宿の名物に刀の切り傷によく効くと言われた「狐膏薬」があり、医王寺の薬師如来の加護により作られたという伝説があったそうです
医王寺から300mほど進むと「落合の石畳」
3ヶ所(計70.8メートル)の石畳が当時のまま現存していて、その周辺についても石畳の修復がなされ約840mが当時の中山道の様子が再現されています
この区間は自転車を降りて押し歩き
道の途中に「山のうさぎ茶屋」と看板に描かれた小屋
とても雰囲気が良い道なのでここは歩いたほうが良いですよ
徒歩20分くらいでした
石畳の先は信濃美濃国境
道の左側に一里塚の碑。道の右側には「信濃美濃国境」碑と島崎藤村筆の「是より北 木曽路」碑があります。
信濃と美濃の国境いで江戸時代より立場茶屋・旅籠として営業していた場所が民宿として営業しています
信州サンセットポイント100選
馬籠城址
一旦少し下って
上りになると馬込宿に入る
中山道馬籠宿の道標
馬込宿は坂道に作られた宿場
石畳の坂道の両側に宿やお店が建ち並ぶ
宿場に入ってすぐの場所にある桝形
名物の栗きんとんをいただきました
馬込宿本陣跡地に当地出身の島崎藤村の記念館が建っています
宿場の端、高札場の先に
恵那山を見渡せる見晴らし台が有ります
見晴らし台から見下ろす馬込宿
2.5kmほど上り坂が続き
馬籠峠へ
ここから妻籠宿まで下りになります
途中の道脇を徒歩で下ると
二つの滝、男滝と女滝
蘭川(あららぎがわ)を渡ると
すぐに妻籠宿に出ます
国の重要伝統的建造物群保存地区の最初の選定地の一つに選ばれた町並みは馬籠宿以上に昔ながらの風景を保っていると感じました
古民家カフェで
鹿肉バーガーと
アフォガードをいただきました
上下方向に段差のある桝形
馬籠宿・妻籠宿は中山道の街道歩きを楽しむ方も含め海外から訪れた人たちが大勢いました
木曽路に来たら五平餅食べなきゃ!
脇本陣は国の重要文化財!
高札所
熊谷家住宅と鯉ヶ岩の間を抜け妻籠宿を出る
綺麗な形で残ってます
石畳が残っている個所もあり
南木曽駅の手前で中山道から外れて木曽川方向に下り
付近一帯の天白公園整備に併せて近代化遺産(南木曽町有形文化財)として復元したもので国の重要文化財

トロッコのレールも復元されている
中央本線の東に出て中山道に復帰
宿場の面影はほぼ残っていませんが
本陣跡の碑があります
こちらは脇本陣跡
中央本線をくぐり
野尻宿
野尻宿本陣跡碑
イボ石と高札場跡
中山道の野尻の端にレトロな建物発見。後で調べたら昭和7年 (1932)築らしい
しばらく国道19号を走る。ダンプの往来も多く走って気持ち良い道ではない

須原駅の看板で右折
須原宿へ
湧水が豊富な須原宿は「水船の里」
あちこちに水場が有ります
脇本陣跡
国道19号で上松町に入る
倉本駅を過ぎ
5kmほど進むと
すぐに妻籠宿に出ます
国の重要伝統的建造物群保存地区の最初の選定地の一つに選ばれた町並みは馬籠宿以上に昔ながらの風景を保っていると感じました
古民家カフェで
鹿肉バーガーと
アフォガードをいただきました
上下方向に段差のある桝形
馬籠宿・妻籠宿は中山道の街道歩きを楽しむ方も含め海外から訪れた人たちが大勢いました
木曽路に来たら五平餅食べなきゃ!
脇本陣は国の重要文化財!
高札所
熊谷家住宅と鯉ヶ岩の間を抜け妻籠宿を出る
須原宿~福島宿~藪原宿
南木曽方面へ進む
上久保の一里塚綺麗な形で残ってます
石畳が残っている個所もあり
南木曽駅の手前で中山道から外れて木曽川方向に下り
南木曽駅前を通って少し進むと
左側に桃介橋の入口があります
「桃介橋」は別名「桃の橋」と呼ばれ、電力王と称された福沢桃介が、水力発電開発のために架けた吊橋で大正11年9月に完成した全長247mの日本でも最大級の木橋付近一帯の天白公園整備に併せて近代化遺産(南木曽町有形文化財)として復元したもので国の重要文化財
練石基礎部に
鉄筋コンクリートの主塔
橋部は橋桁トラスを含め木造。珍しい構造ですよねトロッコのレールも復元されている
中央本線の東に出て中山道に復帰
宿場の面影はほぼ残っていませんが
本陣跡の碑があります
こちらは脇本陣跡
中央本線をくぐり
国道19号と
その脇の道を進む野尻宿
野尻宿本陣跡碑
イボ石と高札場跡
中山道の野尻の端にレトロな建物発見。後で調べたら昭和7年 (1932)築らしい
しばらく国道19号を走る。ダンプの往来も多く走って気持ち良い道ではない
「道の駅 大桑」
大桑駅
須原駅の看板で右折
須原宿へ
湧水が豊富な須原宿は「水船の里」
あちこちに水場が有ります
脇本陣跡
須原駅
駅の向かいに一里塚跡国道19号で上松町に入る
倉本駅を過ぎ
5kmほど進むと
国の名勝にも指定されている「寝覚の床(ねざめのとこ)」が見える
日本五大名峡の一つ。木曽川の水流によって花崗岩が侵食されてできた自然地形
国道を離れて上松市街地へ
「上松宿」の看板
上松宿一里塚跡
国道19号に戻り
中央本線をくぐりすぐ右折
1.6kmほど木曽川沿いに走ると
赤い橋が見えてくる
橋を渡り
左岸の道路の下に見える石積みが「木曽の桟(かけはし)」の痕跡
古くは今昔物語集に記述がある木曽川の断崖に架かる木橋だったが、現在は江戸時代の石積みが残るのみ
「木曽の桟(かけはし)」は歌枕として数々の歌に詠まれています
国道19号に戻り「道の駅 木曽福島」の前を通過
国道から離れて木曽市街へ
木曽川取水ダム
木曽福島駅の裏を通り
八沢川を渡る
橋を渡った先が桝形になっていて井戸もあり宿場町らしい景観が広がります

高札場
右側の崖上に
福島関所跡
国道19号に戻る
出尻一里塚
正沢川を渡った先を左折
旧中山道を走る
中山道中間点の碑があります
江戸、京都双方から、67里38町(約268km)に位置している場所
中央本線をくぐり
国道19号に戻る
薮原宿へ
防火高堀跡。元禄時代の大火の後、防火対策として作られた防火壁の名残
古民家の蕎麦屋「おぎのや」
美味しいお蕎麦がいただけます
宿場から
鳥居峠へ
石畳の先
鳥居峠の入口まで行ってみました
日本五大名峡の一つ。木曽川の水流によって花崗岩が侵食されてできた自然地形
国道を離れて上松市街地へ
「上松宿」の看板
駅周辺を通り過ぎ
右に曲がる本町通りに入ると少し宿場らしい面影が残る上松宿一里塚跡
国道19号に戻り
中央本線をくぐりすぐ右折
1.6kmほど木曽川沿いに走ると
赤い橋が見えてくる
橋を渡り
左岸の道路の下に見える石積みが「木曽の桟(かけはし)」の痕跡
古くは今昔物語集に記述がある木曽川の断崖に架かる木橋だったが、現在は江戸時代の石積みが残るのみ
「木曽の桟(かけはし)」は歌枕として数々の歌に詠まれています
国道19号に戻り「道の駅 木曽福島」の前を通過
国道から離れて木曽市街へ
木曽川取水ダム
木曽福島駅の裏を通り
八沢川を渡る
橋を渡った先が桝形になっていて井戸もあり宿場町らしい景観が広がります
高札場
右側の崖上に
福島関所跡
国道19号に戻る
出尻一里塚
正沢川を渡った先を左折
旧中山道を走る
中山道中間点の碑があります
江戸、京都双方から、67里38町(約268km)に位置している場所
間の宿があった原野を通る
宮ノ越 一里塚
宮ノ越宿 本陣
木曽川の対岸に木曽地方の英雄・木曽義仲の資料館があります中央本線をくぐり
国道19号に戻る
トンネルと
シェッドを抜けて薮原宿へ
防火高堀跡。元禄時代の大火の後、防火対策として作られた防火壁の名残
古民家の蕎麦屋「おぎのや」
美味しいお蕎麦がいただけます
宿場から
鳥居峠へ
石畳の先
鳥居峠の入口まで行ってみました
サイクル・スポーツ用品