奈良~明日香~斑鳩

奈良監獄ミュージアムから興福寺~東大寺大仏殿~春日大社と奈良のメジャースポットを巡り、卑弥呼の墓と噂される箸墓古墳に寄って明日香村の飛鳥寺~酒船石~石舞台を観て、橿原神宮~神武天皇陵をお参りして、重伝建の今井町を通り抜け斑鳩の法隆寺まで走るサイクリングコース

コース概要
奈良監獄ミュージアムから興福寺~東大寺大仏殿~春日大社と奈良のメジャースポットを巡り、卑弥呼の墓と噂される箸墓古墳に寄って明日香村の飛鳥寺~酒船石~石舞台を観て、橿原神宮~神武天皇陵をお参りして、重伝建の今井町を通り抜け斑鳩の法隆寺まで
距離:61.1km
獲得標高:472m

奈良監獄ミュージアム~興福寺~東大寺~春日大社

平城山駅からスタート
連絡通路で線路をまたいで
東口の住宅街に出て
ならやま大通りから奈良加茂線
奈良街道を通って
奈良監獄ミュージアムへ。「明治の五大監獄」の一つ奈良監獄(明治41年(1908年)竣工)の建物を活用したミュージアムです(ホテル「星のや奈良監獄」が併設されている)。2026年4月開業。
東側の正門からは入れません。壁沿いを回り込むと
北側に奈良監獄ミュージアムの入口があります。時間帯指定の予約制。2週間前に予約しようとしたら売り切れでしたが、コマメにキャンセルチェックした結果前日に空きが出て見学できました。土日の場合は1ヶ月以上前に予約することをお勧めします
中央監視塔から放射線状に5つの2階建の収容棟広がるハビランド・システムを採用

そのうち第三寮が保存棟として見学できます。他の4棟はホテルの客室に内部は改装されています。「星のや」なので高価格帯。
戦後は2016年(平成28年) 年度末まで少年刑務所として使用されていて2017年に重要文化財に指定されました。
中央看守所を要に放射状に収容棟を並べる形式は現代の拘置所でも設計思想が受け継がれている
中央看守所の見学は通常の予約とは別に人数限定・時間指定のツアー(追加費用無し)に申し込む必要があります。直近の予約状況を確認したら4ヶ月先まで埋まってました。かなり計画的に予定を組まないと辿り着けません。(ホテル宿泊者は入れるみたい)
正門の真裏側から
第三寮(保存棟)へ
通路を挟んでズラーっと独房の扉が並ぶ。床は花崗岩
扉にはのぞき窓と食器の出し入れ用の小窓
複数の部屋お扉が解放されていて
内部に入れます
細長く狭い空間。牢屋ですからね
2スパンの部屋もありました
廊下中央部は吹き抜けになっていて2階からの光が1階まで届きます
階段を登って2階へ
中央看守所へは残念ながら今回は入れませんでした
2階。屋根に採光部があるのがわかります
外から見るとこの部分ですね
建設当初舎房に便所はなく、汚物を搬送するように設けられた縦シャフトの跡
階段を下って1階へ
浴室
中央看守所の外壁を巻くように第ニ寮、第一寮の付け根を通過する
窓の開口部をレンガを積み増して狭くした?
中央看守所から正門方向に伸びている庁舎
獄舎とは違って窓などに装飾的デザインが施されています
ショップ&カフェで各種グッズ、赤レンガそっくりな四角い名物「レンガカレーパン」などが手に入ります
3棟の建物が展示スペースと成っています
山下啓次郎が設計した明治五大監獄の正門の模型。奈良監獄
千葉監獄
長崎監獄
金沢監獄
カゴシマ監獄

囚人の頭髪規定
各種規則が描かれた壁
格子窓から外を眺める囚人のアート作品

ギャラリースペース

正面庁舎、正門近くにはホテル宿泊客のみ近づけます

敷地内から見た正門
監獄の外壁
敷地内には奈良奉行所の牢舎も移築されています
壁の外に出て
壁沿いを戻る
土・日1時間のみ行われる「監獄と自由を巡るツアー」(2000円)に参加すると宿泊客でも入れない「表門」の2階に入れます
ロマネスク様式の優美なデザイン
ぐるっと監獄を囲む煉瓦塀自体が近代化遺産
ただし西側はコンクリート壁になっているようです
監獄は丘の上にあるので奈良の中心部へは少し下ります
東大寺に近づくにつれ町並みもクラシックな雰囲気に
東大寺の転害門。創建当時の姿を今に伝える、東大寺境内で唯一の貴重な国宝の門。門の先には正倉院があります
道の脇に鹿の姿がチラホラ
奈良県庁。特徴的な塔屋の足元には展望広場があるとのこと
左手に春日大社一の鳥居
まずは興福寺へ
訪れたときは五重塔が120年ぶりの保存修理中
ここまでくればどこへ行っても鹿がウロウロしています
興福寺の本堂「中金堂」。創建より6回の消失・再建を繰り返し、現在の建物は2018年に創建当時の様式で復元されたもの
国宝の鎌倉時代の四天王立像や重文の菩薩像などが収めらています
南西方向に重文の南円堂が見えます。北には同じく重文の北円堂があります
中金堂の東側にある東金堂(国宝)
神亀3年(726)混率後5度の被災・再建を繰り返し、現在の建物は室町時代の応永22年(1415)に再建されたもの。国宝の像を多数収容しているが特に鎌倉時代の十二神将立像はそれぞれ個性的な動きのあるポーズを取っていて見応えがある
そして国宝館にはあの!阿修羅像が!!少し眉を潜めたような憂いを帯びた表情、丸みを帯びた少年のような頬のライン、中性的なフォルム。これを生で見るだけでも奈良に来る価値があります
なにせ国宝館なんで見どころしか有りません。阿修羅は仏法の守護神・八部衆の一人。個性あふれる八部衆はそれぞれ異なる姿をしつつも同一工房で制作されたらしく類似点も多く見られる。象の冠をかぶり上半身しか残っていない五部浄像に個人的には惹かれました。ほかにも獅子の冠を被った乾闥婆像、ガルーダそのものの迦楼羅像など見ていて楽しい
興福寺から東へ進むと
奈良国立博物館
迎賓館(旧赤坂離宮)で知られる片山東熊の設計
通りにカジュアルに鹿がいます
せんとくんも!
鹿がひしめく参道を進み東大寺へ
国宝・南大門を過ぎると
右手に二月堂の参道
二月堂は、奈良の早春を告げる伝統行事「お水取り」の舞台として知られ、国宝に指定されている歴史的な仏堂
中門をくぐり
大仏殿へ。大仏殿の手前にある八角燈籠は東大寺創建当初のもので国宝
説明不要の奈良の大仏さん
やっぱデカい
左右に従えている仏像もデカい
東大寺ミュージアムの玄関前には実物大の大仏の手。人気の記念撮影スポットです
鹿せんべいが道端で売られ甘やかされ放題の鹿たち。野性味0
春日大社へ
御蓋山(春日山)の山裾を少し上る
春日大社が祀るタケミカヅチは白鹿に乗ってきたとされることから、春日の鹿は「神の使い」とされています。奈良公園中心とした地域に1600頭以上の鹿が生息しています。
内侍門
西回廊の外側を進み
慶賀門をくぐったすぐの場所に摂関近衛家からの献木と伝えられ、『春日権現験記』にも書かれている古い藤「砂ずりの藤」の藤棚。樹齢700年以上といわれます。春日大社の社紋(神紋)は「下り藤(さがりふじ)」です
中門の正面にある唐破風は明治時代に取り付けられたもの。本殿はこの奥
回廊に並ぶ釣燈籠
これは島左近奉納の石灯籠。他にも豊臣秀吉、宇喜多秀家、直江兼続、藤堂高虎、徳川綱吉藤原忠通や豊臣秀吉、徳川綱吉といった歴史上の重要人物が奉納した約3,000基(石燈籠約2,000基、釣燈籠約1,000基)の灯籠があります。
東回廊を通って
御蓋山頂上浮雲峰の遥拝所へ
タケミカヅチが白鹿の背に乗って降臨したとされる
山頂が見えるわけでもなく外国語表記が無かったので外国人観光客にはなんだかわからない場所だと思う
春日大社は灯籠が多くあることで有名で年三回すべての灯籠に浄火を灯す「春日萬灯籠」が行われます。藤浪之屋で部分的に再現してありその雰囲気を味わえます
南門を出たところに
太古の昔に神様が降臨した磐座であり、赤童子(若宮の荒魂)が出現したと伝わる「出現石」がある。また奈良時代に雷火により落下した社額を埋納した「額塚」とも言われている。

飛鳥寺~石舞台~法隆寺

春日大社から明日香方面へ向かう
少し走ると右手に平地、田んぼが広がる。東に笠置山地、西に生駒山地・金剛山に挟まれた南北に長い盆地であることが感じられます
「これより東 菩提山道」の道標
国道169号に出て進む
宗教都市・天理市を通過
商店街とか
尖った屋根の市庁舎とか探検してみたかったんですが今回は時間の都合でスルー
左手に見える竜門山地
「奈良まほろばサイクリング」“略称:ならクル”31ルートが設定されていて看板と青矢羽が設置されています

眺望スポットPの看板に立ち止まる
駐車場の眺望は特に良くありませんが駐車場の奥は上の山古墳
小さな神社がひっそりと建ってます
駐車場から100mほど南に景行天皇陵があります。こっちは結構大きい前方後円墳
景行天皇といえばヤマトタケルのお父さん。ヤマトタケルを疎んで西へ東へ外夷成敗に派遣しまくった人。歴史と神話・物語が交錯する場所で想像が膨らむ
さらに南下して桜井線の跨線橋を渡る
左前方に古墳の茂みが見えてきます
3世紀中頃から後半に造営された最古級の巨大前方後円墳・箸墓古墳
卑弥呼の墓の有力候補と言われています
北面はため池100選にも選定されている箸中大池
宮内庁により倭迹迹日百襲姫命の「大市墓」として管理されていて立ち入れません
周りを走ってみてもかなりデカい
付近も昔からの道であることを感じさせる町並み
大物主と活玉依媛の赤い糸の伝説が伝わる苧環塚(おだまき塚:おだまきとは糸巻きのこと)

古い塚があるということはこの通りは昔の街道だったんでしょうね
国道169号に合流すると
日本最古の神社の一つ・大神神社の大鳥居。大神神社は大物主を祀る三輪山を御神体とする本殿を持たない神社です
明日香方向へ進む
桜井駅の脇を通り
右折して300m先を左折
こちらも寺としては日本最古級の歴史を持つ安倍文殊院前を通り過ぎる
県道15号(桜井明日香吉野線)に入ると「ならクル」の青矢羽
飛鳥寺の看板を左折
明日香村の集落の角に
飛鳥坐神社(あすかにいますじんじゃ)が鎮座しています
創建は定かではないが初代の神主が崇神朝より明日香氏姓を賜り、815年の新選姓氏に記載が確認されて以来現在の宮司は87代目にあたるそうです。宮司の明日香家は少なくとも平安時代から続く一族ってこと!
829年に高市郡賀美郷の神奈備山から現在の鳥形山に遷座された
毎年2月・第1日曜日に行われる「おんだ祭り」が有名で、西日本三大奇祭の一つ
神事の前後には天狗、お多福、翁、牛がささらで参拝者のお尻を叩き周り、奉納神事では田植えの所作、結婚式、夫婦和合の儀式など参詣者の笑いを誘う所作が披露される
本殿右側の「むすびの神石」。男女の象徴を模した一対の陰陽石です
塞の神
眠たげな顔が彫られています
奥の院に男性を表す1mほどの「奥の大石」が祀られています

境内には男性を表す石が多く安置されている。信仰の原初的な姿を感じます
神社から真っすぐ伸びる通りを進み
左折して
飛鳥寺へ
表の標石は江戸時代に彫られたもの
飛鳥大仏は推古天皇17年(609年)に完成した日本最古の仏像。大仏と言っても全高3m弱くらいの大きさ
面長で頭部が大きめのバランスで独特な造形。東大寺や鎌倉の大仏とはだいぶ趣が違う。本来はもっと高い位置にあって下から仰ぎ見る姿に最適化されてるのかな?
境内から80m西に蘇我入鹿の首塚
蘇我入鹿といえば「ムシモコロス(645年)大化の改新」で年号を覚えた乙巳の変で中大兄皇子と中臣(藤原)鎌足に暗殺された人物
この五輪塔が首塚かどうかは相当怪しいですがこの辺りが日本書紀にも登場する場所であることは発掘調査の結果から確かなようです
飛鳥寺から300mほど南へ進むと
酒船遺跡
酒船石遺跡の中でも北西の谷部に位置する謎の石造物「亀形石造物」。2000年の発掘によって発見された遺跡
南側にある湧水施設から船形の貯水槽へ、貯水槽から亀形石造物へ水が流れる構造になっている。亀の造形が良い
丘を登り
竹林の先に
独特の模様が刻まれた長さ約5.5メートル、幅(南北)約2.3メートル、厚さ約1メートルの花崗岩
酒を搾ったものであろうとの想像からこの名前がついたが、油を造ったものであろうとか、庭園の施設の一部であろうとか諸説ありよくわかってない。なんかカッコイイ
酒船石からさらに南西に350mほど進むと
飛鳥宮跡
明日香宮後は3時期の宮殿遺構が重なって作られていて、この地点は斉明・天武・持統天皇の宮の北東隅
石敷広場や大井戸跡が復元されている
「飛鳥・藤原の宮都」が2026年7月に世界遺産に登録されたのでこれから整備が進むかもしれません
少し南へ進むと
飛鳥宮跡(内郭南東隅)の案内図。まあなんも無い野ッパラですけどね
カフェや食堂などもある古い町並みを抜けて
石舞台へ
巨石30個を積み上げて造られた石室古墳「石舞台古墳」
現代アートの屋外オブジェやストーンヘンジのようにも見えますが、
もともとは上面が平らなピラミッドのような方墳だった上部の盛土が失われて、天井石が露出して結果的にこのような姿に成っています。江戸時代の絵図でも現在のような姿であることが確認され当時も名所になっていたことが伝わっている
玄室内に入れます
玄室内に石棺は発見できなかったが同時代の資料を元に復元された石棺が展示されている
石舞台古墳は6世紀末から7世紀初頭の造営で、蘇我馬子の墳墓であるとの説は有力視されています。蘇我馬子といえば聖徳太子の政治的パートナーですね。
道を戻り
西へ進む
天武朝の重要寺院だったと推測される川原寺跡を
通り過ぎて左の小道に入る
田畑と住宅が点在する何の変哲もない道端に
ポツンと佇む「亀石」。亀というよりはカエルっぽい気もする

橿原神宮~神武天皇陵~今井町~法隆寺

岡寺駅方面へ進み
駅前から北へ
近鉄吉野線の踏切を渡り北西へ進んで
橿原神宮へ
「日本書紀」の記述を基にして、神武天皇が宮を造り即位した畝傍橿原宮と推定される場所・畝傍山の麓に明治23(1890)年、創建された神社
初代天皇である神武天皇とその皇后を祭神として祀る
広い参道や建物の配置など、同じく近代に整備された明治神宮に似た印象を受けました
日本書紀や万葉集に登場する畝傍山を借景として建つ
本殿(重要文化財)は京都御所の内侍所移築した建物
900mほど北に進むと
神武天皇陵があります
こちらは幕末(明治天皇の父の代)に整備された陵墓。近代の天皇・皇族は即位や成年式などの重要な節目を迎えた際に参拝に訪れる。近年だと秋篠宮家の長男・悠仁親王が成年式を終えたことを報告するため参拝した
国道165号を左折して
直ぐに右に入る
250mほど進むと今井まちなみ交流センター 華甍(旧今井町役場の建物)
かつて「大和の金は今井に七分」といわれるほど繁栄した今井町。現在も町の大半の町屋が大切に保存され、中世(室町後期)からの町割りが現在もそのままの旧状で残されています。
平成5年に「重要伝統的建造物群保存地区」(重伝建)の選定を受けています。
東西約600メートル、南北約310メートル、面積にして17.4ヘクタールの地区内には、全建物戸数約760戸のうち、約500件の伝統的建造物が存在しており、その数・密度に圧倒されます
タイムスリップしたか映画のオープンセットに迷い込んだかと思うほどの町家の規模
通りによって無電柱化されていないので行政が頑張って電柱地下化してほしい
どえらい観光資源だと思う一方、実際に住んでらっしゃる住民の方たちがいるのであまり人気が出ないほうが良いのかなぁと思ったりして
まあでも凄いですよ、ここは
消火栓も景観配慮
今井町から桜井線をくぐり
飛鳥川に出ます
川沿いに自転車道が整備されています
奈良県道274号明日香大和郡山自転車道線。奈良県明日香村の石舞台古墳を起点とし、大和郡山市に至る一般県道(自転車道)で、通称は飛鳥葛城自転車道と呼ばれています。
この道を通って法隆寺の近くまでアプローチできます
京奈和自動車道と交差
「ともぱ!たわらもと」という公園
近鉄田原本線の踏切をわたる
曽我川沿いを進む
新御幸橋で大和川を渡り
法隆寺駅の脇を跨線橋で大和路線を越えて
参道手前の伊勢道の道標
参道を通って法隆寺へ
入場時間ギリギリでしたが入れました
国宝の中門
日本最古の金剛力士象(重文)
法隆寺は言わずとしれた聖徳太子ゆかりの寺。もしくは「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」でおなじみ
五重塔をはじめ現存する世界最古の木造建築物群がひしめく
木造五重塔として現存世界最古のもの(国宝)
金堂(国宝)
廻廊(国宝)
法隆寺駅に出て上がりました

サイクル・スポーツ用品